聖なる癩者-天草島原燃ゆ を通販で購入する(通信販売で予約する)

出版社からのコメント

著者からのコメント

　その理由は、３万にも及ぶ一揆勢のうち、離反した一人の者を除いてほぼ全員が殺されてしまうという無残な結末によるためでしょうが、史料として、今日残っているものは、細川藩の「綿考輯録」をはじめ、そのほとんどが原城を包囲した幕府側の諸藩の記録なのです。

　つまり、原城に籠城した一揆勢の人々の手になる記録がないために、天草四郎がどのような人物であったのか、また、籠城した人々の城中での様子などを、具体的に知ることが出来ませんでした。

　特に、天草四郎時貞については、そのカリスマ性だけが伝説化し、美化されて今日に語りつがれており、若干十六歳という少年の真の姿は、そこからは見えてきません。

　また、蜂起の直接的な原因は、領主の切支丹への弾圧と年貢の苛斂誅求によるものなのでしょうが、３万もの農民たちが再び宗門に結束して蜂起する過程を、四郎の神性や首謀した牢人たちの指導力によるものと、曖昧なまま今日までやり過ごしてきたようです。

　しかし、私は、本当に天草四郎という少年の神性や牢人たちの指導力だけで、３万もの人々が再び切支丹に立ち返り、切支丹として死んでいく結束力が生じたとは、とても思えませんでした。 　つまり、四郎はもとより、当時の牢人たちが、宣教師のように司牧する宗教的能力などを持ち得た筈がないからです。

　それでは、どうして、切支丹の宗門に結束をすることが出来たのか。 私は、その疑問に対する回答を、やはり彼らを信仰に立ち返らせる有能な宣教者がいたからに違いないという点に見出し、やがて確信するようになりました。

　しかし、イエズス会の記録などを見ても、当時の島原や天草の地に、迫害の中、パードレやイルマンなどの宣教者が潜伏をして残っていた記録はありません。すでに地下活動を行っていた宣教者たちは、捕縛され、刑死や獄死などしており、今日までの、乱の研究文献などを私が調べた限りでは、やはり、宣教者の乱への直接的な関与を指摘した文献を見つけることが出来ませんでした。

　ところが、そのような時に、イエズス会の史料の中に、1614年の伴天連追放令によって、マカオやマニラに追放されていた宣教者たちの中で、日本に戻り、乱が起こる1637年まで生き延びていた可能性のある修道者の存在を発見したのでした。それが、本小説に主人公として登場するトマス舟本やドーム・ジョアンです。

　私は、一つの仮説を、実在した癩を罹患して日本に戻った主人公のトマス舟本というイルマン（修道士）に託す形で、この小説を書き進めました。

　そして、これまでの文献等を十分に精査しつつ、各史料が部分的かつ断片的であったものを相互に補完しつつ、時系列の中で一つの連続した乱の流れを再現し、あまりにも美化され過ぎた感のある天草四郎という少年に、等身大の実像を与え